飯田隆史のブログ No.902 泡がこの私?
おはようございます
飯田隆史です。
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No.902 泡がこの私?
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川の水面にパッと泡ができて、
パッと消える。
私の肉体は、その泡のようなものだと
お釈迦様は教えられています。
泡が消えても、川の水は減りも増えもせず、
とうとうと流れ続けます。
ロシアの文豪トルストイも
『アンナ・カレーニナ』に次のように書いています。
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「私とは、なにものであるか
なんのために私はここにいるのか、
ということを知らないでは、
とても生きていくことはできない。
(中略)
無限の時間の中に、
無限の物質の中に、
無限の空間の中に、
泡粒のような
ひとつの有機体がつくりだされる。
その泡はしばらくのあいだそのままでいて、
やがて消えてしまう。
その泡が-----このおれなんだな
(中略)
それは、この方面における人間の思索が、
数世紀にわたる苦心の末に到達した、
唯一にして最後の結論であった。」
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これは、トルストイ自身の分身ともいえる、
リョーヴィンのセリフです。
泡がこの俺ならば、
その泡を必死に長続きさせようとしている努力に、
一体どんな意味があるのだろう?
強烈な問いかけですね。
この問いに答えられているのが仏教なのです。